マタイ福音書 6章11節 必要な糧

2024年1月12日

(内容)

  • 主の祈り。私たちに必要な糧を今日与えてください。

(黙想)

  • イスラエルの民がエジプトを脱出し、荒野を旅していた時、彼らは食べ物に困った。その時神は日々天からマナを降らせた。神は一日分だけのマナを取るように命じた。安息日の前日は二日分集めた。安息日は、仕事を休む日であり、マナを取りに行ってはならなかった。神が必要な物を与えてくださると信じることが求められた。
  • 信仰者は日々神の支えを信じて、信頼して生きる者であることを教えられる。
  • 主の祈りの直前でイエスは、父なる神はあなたがたが必要としているものはご存じだと語る。だから、それを与えてくださいと祈ればよいと教えた。
  • 6章の終わりの部分で、イエスは教えた。「あなた方の父は、これらがあなたがたに必要なことをご存じである。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすればこれらのものはみな加えて与えられる」。人が必要とするこれらとは、食べ物、着るものを指している。つまり必要な糧である。
  • 神は必要な物を与えてくださる方である。人は何のために生きるのか。

マタイ 4:4
イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』/と書いてある。」

  • 人は神の言葉で生きる。そのために肉体の命を支えるもの、必要な糧を神は与えてくださる。「必要な糧」を私たちが必要としていることを神はご存じである。私たちは神に信頼して生きる故、与えてくださいと祈る。
  • 大切なことは、神の国と神の義を求めること、神の口から出る一つ一つの言葉によって生きること。
  • 今年は元旦に令和6年能登半島地震が起きた。わが家が壊滅し、避難所生活をしている人たちがいる。生活に事欠く日々を送っている人たちがいる。その中にはキリスト者もいる。このような時は、必要な糧が十分与えられているとは言えない。苦難の時、試練の時は、必要な糧に事欠くことがある。でも神は見放さない。見捨てない。やがて必要な糧を日々与えてくださる日々が到来する。私たちに必要なことは日々神に信頼して生きること。そして神の国と神の義を求めること、神の言葉によって生きること。
  • 確かなことは、神を仰いで生きること、上にあるものを目指して生きることである。

コロサイ 3:2~4
上にあるものに心を留め、地上のものに心を引かれないようにしなさい。
あなたがたは死んだのであって、あなたがたの命は、キリストと共に神の内に隠されているのです。
あなたがたの命であるキリストが現れるとき、あなたがたも、キリストと共に栄光に包まれて現れるでしょう。

(聖書に聞く)

☆神が私たちに求める生き方
  • <勧め>日毎の糧を求め祈ること。
  • <勧め>自分が何のために生きているのかを忘れてはならない。

(神の導き)

☆祈り
  • 天の父なる神、まず今日私が必要とする糧を与えてください。日々必要な糧が与えられていることを当たり前のこと、当然のこととしないように導いてください。それは恵みであることを覚えさせてください。
  • 年齢を重ね、新年を迎えても、新年の抱負を持たない者ですが、新年という区切りを与えられたことは自分の歩みを振り返るよい機会です。この区切りも恵みです。
  • 自分がキリスト者として上にあるものを求めて生きる者であることを新年になって覚えました。感謝します。しかし、自分の心が簡単に変わってしまう弱さを覚えます。簡単に落ち込み、簡単に上向く。自分の信仰が確かではないことを思います。
  • この正月、ネガティブ・ケイパビリティという言葉に出会いました。聖書が語る「忍耐」に近い言葉だと思います。私の信仰に影響を与える言葉のような気がしています。踏ん張る力を得るために、ネガティブ・ケイパビリティについて学んでみたいと思います。
☆与えられた導き
  • ネガティブ・ケイパビリティについて学ぶ