第二コリント 11章16~21 自分を誇る

2022年1月7日

(内容)

  • パウロは肉に従って自分を誇ることを愚かなことと考えている。しかしコリント教会の人たちが自分を批判していることに反論する手段として、自分を誇ると語る。

(黙想)

  • コリント教会からパウロに向けて批判が10章以降でいくつか書かれている。

10:1
さて、あなたがたの間で面と向かっては弱腰だが、離れていると強硬な態度に出る、と思われている、このわたしパウロ

10:10
わたしのことを、「手紙は重々しく力強いが、実際に会ってみると弱々しい人で、話もつまらない」と言う者たちがいるからです。

  • そしてパウロは、コリントに来てコリントの信者を惑わした者の存在に言及している。「自己推薦をする者たち」(10:12)。「こういう者たちは偽使徒」(11:13)。
  • そしてパウロはコリント教会の信者たちには「あなたがたは、うわべのことだけ見ています」と語る。
  • 10章から12章では、「誇り」が隠れたテーマになっているように見える。自己推薦をする者たちは、何らかの形でパウロを批判し、自分たちの正当性を主張したと思われる。彼らは「仲間どうして評価し合い」(10:12)、パウロの目からすれば、彼らは限度を超えて誇っている。そしてパウロの働きを否定するので、彼らは偽使徒、そしてサタンに仕える者たちとパウロは反論する。
  • パウロはコリント教会を造り上げるために働いてきたことを語るが、そのように語っても、コリント教会信者のパウロに対する批判を覆せないとパウロは判断したのか、パウロは自分が誇ることのできることを語る。しかしそのように誇ることは愚かなことであると言いながら、コリント教会の信者たちを説得するために、自分がどんな働きをしてきたのかを語る。
  • この段落では、コリント教会の人たちが、パウロを批判する者たちの言いなりになっていることが皮肉を込めた表現で書かれている。

11:20
実際、あなたがたはだれかに奴隷にされても、食い物にされても、取り上げられても、横柄な態度に出られても、顔を殴りつけられても、我慢しています。

11:4
なぜなら、あなたがたは、だれかがやって来てわたしたちが宣べ伝えたのとは異なったイエスを宣べ伝えても、あるいは、自分たちが受けたことのない違った霊や、受け入れたことのない違った福音を受けることになっても、よく我慢しているからです。

  • 表面だけを見て他者を批判する人は、その人間の底の浅さを露呈すると言うべきか。
  • 人間には自分の中に誇りうるものを持ちたいという性質がある。プライドである。これがあるから生きていけると人は考える。自分が自分であることを喜べるのはプライドがあるからで、自分の中に誇りうるものがなければ、生きていくのはつらい。しかしパウロはガラテヤ書で主イエス・キリストの十字架以外を誇らないと明言している。
  • パウロの心中を思う。苦労して設立したコリント教会。それが偽教師たちがやってきて、信者を惑わす。惑わされた信者はパウロをも批判する。惑わされる信者について皮肉めいた言葉を投げかけている。残念な思いをパウロはしている。この箇所では、自分の使徒としての歩み、体験を語り、自分こそキリストの使徒であることを分かって欲しいと語る。この手紙を書いた後、コリント教会はどうなったのか、それはもう分からない。パウロは一人の伝道者として与えられた時期、与えられた場所で、その務を誠実に果たした。教会は時の流れの中にあり、変化していく。自分が働いた後のことは神にゆだねることになる。

(聖書に聞く)

☆神が私たちに求める生き方

  • <模範>人間的なことを誇ることは愚かなことである。パウロはやむを得ず、自分が誇りうることを語る。コリント教会の信者たちに、自分がキリストの使徒であることを知って欲しいので、パウロはあえて誇ろうとする。
  • <教え>パウロは「誇る者は主を誇れ」(コリント二10:17)と語り、「このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません」(ガラテヤ6:14)と語る。自分ではなく、主を誇ること。

(神の導き)

☆祈り
  • 天の父なる神さま、パウロはコリント教会の信者に目を覚ましてもらうために誇ろうと思えば誇ることができる人間的な誇りを語ろうとしています。しかし人間的な誇りと誇ることは愚かであると語っています。この世の人たちは、この人間的な誇りがあってこそ、自分の存在価値を自分で認めることができ、このような誇りを持てることを喜びます。しかし私たちは信仰者で、あなたに愛されていることが自分の存在価値を認めることができます。
  • パウロは、主イエス・キリストの十字架を誇ることを教えています。私は今、『The Cross』(M.L.ジョンズ)を読んで十字架とは何かを教えられ、また思いめぐらしています。訳しながら読んでいますが、時間が取れない日々もあります。今日は、時間を取り、読むことにします。
☆与えられた導き
  • 『The Cross』(M.L.ジョンズ)を読む