第一コリント 10章23~11章1節 神に栄光を
2020年12月9日
(内容)
- キリスト者には自由があり、すべてのことが許されているが、すべてのことが益となるわけでもなく、すべてのことが人(教会)を造り上げるわけではない。
(黙想)
- まずキリスト者の自由について語る。キリスト者にはすべてのことが許されている。これは大きな原則。だからといって、すべてのことが益となるとは限らないし、人(教会)を造り上げるとは限らない。自由だからといっても、益にならないことや人(教会)を造り上げることにならないことはする必要がない。自由を主張し自由に行動することは大切だが、その自由をむなしいことのために使ってよいとは言えない。これがキリスト者の自由についての原則。この原則に立って、偶像にささげられた肉をめぐる問題の結論をパウロは語る。
- パウロはまず偶像にささげられた肉に限らず、市場で売られているものは何でも食べてよい。食べてよいのかといちいち考える必要はないという。
- その上で、自分が偶像にささげられた肉を食べているのを別の信仰者が見ていて、本当に食べていいのだろうかと不安に思わせ戸惑いを与えるとするなら、その人のために、その人の良心に不安を与えないために、自分は食べることをしない。これもキリスト者の自由である。食べる自由もあるが食べない自由もある。どちらを選ぶか。自分の利益よりも他者の利益を求めるようにパウロはすすめる。そして何をするにも神の栄光を現すことを心がけるように勧める。
- 他者を惑わす原因にならないように注意し、人々を救うために自分の益よりも多くの人の益を求めるべきである。パウロ自身このように生きているので、自分に見倣いなさいとの勧めもする。
- 自分の益よりも他者の益を求めるという時、その他者には神も含まれると考えてよいと思う。神の益のためにということは神の栄光を現すことである。日々の生活の中で神の栄光を現すってどういうことだろう。神を畏れ敬い、神に救いを感謝して神をたたえて生きることか。「現す」ということは他者に見えるようにということか。他者に見えることを意識すると我々の行動は偽善になる可能性が高くなる。
- もっと基本的に神を神とする歩みを考えればいいのではないか。旧約聖書でのイスラエルの罪は例えば偶像礼拝。神と神とせず、異なる神を拝んでいる。神を神とすることは、神の栄光を現すことになる。
(聖書に聞く)
☆神はいかなる方か
☆神が私たちに求める生き方
- <教え>キリスト者は自由にされた存在である。
- <教え>キリスト者はすべてのことが許されているが、無益なことはしないほうが良い。
- <教え>自分の益よりも他者の益を求めることは大切である。
- <教え>食べるにしろ飲むにしろ、何をするにも神の栄光を現すこと。
- <教え>人々を救うために行動することは、神の栄光を現すことである。
(神の導き)
☆祈り
- 天の父なる神さま、今日もディボーションをすることができ感謝します。キリスト者に与えられた自由とその使い方について教えられました。特に今日は、食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても神の栄光を現すためにしなさいと教えられました。
- 食べることによって、飲むことによってどのようにあなたの栄光を私たちは現すのでしょうか。食前の祈りをどう祈るか、それは大切となりますね。食事を備えられたことをただ感謝するのでは、あなたの栄光を現すことになっているのかどうか。少なくともそういう意識を私たちが持っているかどうかは疑問です。私が食前の祈りをする時、神の栄光を現しているという思いは持っていませんでした。食前の祈りを、あなたの栄光を現すものとして祈るならどう祈るのか、考えたいと思います。
- また神を神とすることにおいて、あなたの栄光を現すことができることを思い巡らしましたが、こうやってディボーションを行い、神の言葉によって歩もうとしていることは、個人的にあなたの栄光を現していることになるのでしょうか。そうであればうれしいですし、また続けていきたいと思います。聖書を読み祈る、それはあなたの栄光を現すことになるのですね。うれしいです。
- パウロは自由を自分の益ではなく、他者の益となるように使うことを教えました。他者の第一は、あなたです。日々の歩みで時間をささげて聖書を読み、祈ることは、あなたの栄光を現す「時間の大切な用い方」になるかもしれませんね。これからもディボーションと祈りを続けていきます。励ましを与えられ感謝です。
☆与えられた導き
- 食前の祈りを考える。
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食前の祈り
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- 天の父なる神さま、あなたは荒野を歩むイスラエルの民に天からマナを降らせ、彼らを養い、彼らを約束の地に導かれました。
- そして今、あなたは私たちに肉の糧、霊の糧を備え、私たちを養い私たちを神の国へと導いてくださいます。
- 私たちを生かしてくださるあなたを覚え、あなたをたたえます。
- 今、あなたは目の前に肉の糧を備えてくださいました。感謝をします。
- この糧でもって私たちを養い、強め、御国へと導いてください。
- 感謝して、主の御名により祈ります。