マタイ福音書 8章14~17節 多くの人を癒やすイエス
2024年7月8日
(内容)
- イエスはペトロのしゅうとめの他、イエスのもとに連れて来られた大勢の病人や悪霊につかれた人を癒やした。そのイエスの行為は、イザヤ書に書かれていることの実現であるとマタイは語り、イエスがメシアであることを伝えようとしている。
(聖書に聞く)
☆神はいかなる方か
- <御子>力ある方。
- <御子>イザヤが預言したメシアである。
☆神が私たちに求める生き方
- <教え>イエスは、病人を癒やされた。病で苦しむ者を顧みる方である。
- <勧め>自分の問題を携えてイエスのもとに行くこと。
(神の導き)
☆祈り
- 天の父なる神さま、今日も聖書を読むことができ感謝します。大勢の人たちが主イエスのもとに病人を連れて行きました。家族の中に病人がいることは辛いことです。でも主イエスは、病人を顧みいやされました。あらためて、私たちは自分が抱える問題をもって主イエスに近づき、主イエスに助けを求めて良いことを知ります。
- 私が心を痛めているのは、教会の礼拝出席者が減少しつつある現実です。10名以下という教会が少なくないのです。教会の存続が危ぶまれます。このような現実に対して、自分ができることは何もありませんので、主イエスに祈りたいと思いました。
- 天の父なる神さま、預言者イザヤへの言及があり、主イエスがメシアであることが証しされています。主イエスがメシアであることは説教で語られ、また聖書の学びの中で教えられていきます。知識として主イエスがメシアであることは知っていても、主イエスがメシアであることをどのように経験しているのかと思います。少し言い換えると主イエスはマタイ福音書の最後で、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と語られました。主イエスは、わたしと共におられる。そのことを現実のこととしてどのように、自分は生きているのかと思います。主イエスが共にいてくださるという現実を私はどのように生きているのかと思わされました。主イエスを信じる信仰が私の人生を導いてくれたことは確かです。主イエスが共にいてくださるという現実を私はどのように生きているのか、考えてみたいと思いました。
☆与えられた導き
- 問題をもってイエスに近づく。
- 主イエスが共にいてくださるという現実を私はどのように生きているのか。思いめぐらす。