ルカ福音書 6章46~49節
2018年5月3日
(内容)
- イエス様の言葉に聞き従う人は岩の上に家を建てた賢い人に似ており、聞き従わない人は砂の上に家を建てる愚かな人に似ている。
(黙想)
- この戒めは多くの信仰者が知っています。でも知っていることと、実際にしっかりした岩の上に土台をおいて家を建てることとは違います。大切なことは実行することです。僕はディボーションを行い、読んだ聖書を思いめぐらし、自分の生活に適用し、聞き従う努力をしてきました。堅固な土台に家を建てたものとして歩めることを感謝しています。
- 神の教えを守らなければならないと考えると神の教えに抵抗を感じることがあります。そしてそれは難しい、無理ですと言って、守らない言い訳を心の中ですることがあります。
- 神の教えは守りたくなければ守らなくてもよいのです。私たちは信仰によって救われるのであり、律法の実行、つまり神の教えを実践することによって救われるのではないからです。救い、という観点に立つなら、神の教えを守らなければならないと考える必要はありません。
- しかし信仰者として生きることを考えるとき、神の教えを守ることは大切です。でも守らなければならないと考えて守るのではなく、逆に、自ら進んで喜んで守ります。なぜなら。神の教えは、それ自体が私たちの祝福を目的としているからです。守ることが祝福の中を歩むことであり、自ずと私たちの人生の固い土台を築くことになります。だから進んで喜んで守ります。
(聖書に聞く)
☆神さまが求める私たちの生き方
- (教え)イエス様の言葉に聞き従う。説教で聞いた言葉、日々読む聖書の言葉をイエス様の語りかけと受けとめ、聞き従う努力が大切です。しかも喜び、進んでこの努力をします。自分の生活とイエス様の言葉がどう関係するのか、黙想をします。
(神の導き)
☆祈り
- 天の父、昔、牧師としての務めを考えたとき、すべきこと、したほうが良いことを考えました。そしてそれらをしなければならないと考えて、重荷を背負っているように思えて辛く感じたことがあります。その時ディボーションに出会い、日ごとに聖書を読み、あなたから「しなさい」と言われたことをすれば良いと考えるようになり、心が平和になりました。
- 自分が行ったら良いことは沢山ありますが、沢山あります。全部行うことはできません。そこで神さまがしなさいと言われたことを行う、これがイエス様の言葉に聞き従うことであると考え、私の信仰生活の基本となりました。今日の聖書で、イエス様が「わたしの言葉に聞き、それを行う」ことを自分なりに行ってきたことを思います。そして今でも行っています。
- 今日イエス様の言葉を読み、神さまが私を導いてくださったことを覚え、あらためて感謝します。今日の日記の「今日感謝すべきこと」の欄に、ディボーションへの導きとこれを継続できたことを書きたいと思いました。
☆神の導き
- ディボーションを通し、イエス様(神さま)の言葉に聞き従う生活を導いていただいたことを感謝する。