ヨハネ福音書 1章1~5節(2)神によって存在する私
2021年12月11日
(内容)
- すべてのものは言によって存在するようになった。言によらずに存在するものは一つもない。
(黙想)
- この、言による万物の創造は何を言いたいのか、思案を続けてきた。10節を読んで解けた。すべてのものは自分の存在を言に負うこと。自分でこの世に生まれてきた人はいない。気づいたら自分はこの世にいる。でも人は、誰かのおかげで自分がここにいるとは思わないし、考えない。そして自分の人生は自分のもの、自分が好きなように生きればよいと考える。どのように生きるか、人から指図されることは嫌がる。そして神の前に罪を犯して生きている。
- 自分の存在は言に負う。神の御心によって自分は存在している。あらためてこのことを思う。そして素直にこのことを受けとめることができるような気がし、感謝の思いが湧いてくる。
- 私は神の御心によってこの世に生まれた。そして神を知り、信仰の歩みを始めた。神を知り、神との交わりに生きるようになった。そしていつの日か、神のもとに帰る。
- 日々の生活の中で、もっと神の御手、神の導きを感じていいのかも知れない。むしろ神の導きを導きと認め、積極的に感謝、賛美したいと思う。
(聖書に聞く)
☆神はいかなる方か
- <御子>御子は神の創造の御業に関わった。そして御子に私の存在を負う。
☆神が私たちに求める生き方
- <教え>自分の存在は神に負う。
(神の導き)
☆祈り
- 天の父なる神、今日はヨハネ福音書の言による創造をヨハネが書いた理由を知ることができたように思います。私たちの存在は言によることをあらためて受けとめました。そして今日はもっとあなたの御手の業を見るようにしてよいのではないかと思いました。心のどこかにあなたを慕う思いがあり、その思いが満たされることを願ってもいます。最近の生活の中であなたの御わざと思えるものを数えてみたいと思います。そして感謝を献げたいと思います。私の目を開き、あなたの御業を見させてください。
☆与えられた導き
- 神のみ業に目を向ける
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- 『The Cross』(M.Lloyd Jones)を訳している。十字架を深く知りたいとの思いを起こしてくださったのは神さまであると告白する。
- 英語で賛美し、歌詞を深く味わっている。神さまをたたえる思いを導いてくださったのも神さまであると告白する。