ルカ福音書 8章4~15節

2018年5月16日

(内容)

  • 種を蒔く人が種を蒔いた時、その結果は巻かれた土地によって異なっていました。神の言葉が語られても、それをどう聞くかによって結果は異なります。

(黙想)

  • まず種を蒔く人がいます。神が、神の言葉という種を蒔きます。神ご自身が直接種を蒔くのではなく、神は人を用います。まずはイエス様が神の言葉を語られました。そして代々の教会も福音を宣べ伝え、神の言葉の種を蒔いてきました。
  • なぜ、神は種まきをなさるのでしょうか。それは人を救うためです。ただ個人を救うだけでなく、すべての人間が救われて神さまを崇め、愛に生きるためです。喜びと感謝をもって生きるためです。
  • 神が種を蒔かれたとき、4通りの結果が生じました。第一は蒔かれた種が奪い去られるというものです。神の言葉を聞いても心に留めず、聞きっぱなし、そして忘れてしまいます。聞いたことが何の役にも立ちません。
  • 第二は、神の言葉を聞くと喜んで受け入れますが、試練に遭うと身を引いてしまうのです。辛い目に遭うと神の言葉は役に立たないと見なしてしまうのです。「根がない」とあります。神の言葉が根を張るとは、神の言葉によって生きる歩みが確かになることです。このような歩みがなされていないと、直面する状況によって、いとも簡単に神の言葉から離れてしまうのです。
  • 第三は、思い煩い、富み、快楽のために実を結ばないのです。神の言葉によって生きようとするとき、心の戦いがあります。私たちの内にある人間的な思いが神の言葉と一致しないので、そこに葛藤が生じます。神の言葉に従うか否か。人間的な思いがまさると、神の言葉は実を結びません。
  • 第四は、神の言葉が実を結びます。神の言葉を聞き、受けとめ、これに忍耐をもって従い、実を豊かに結びます。
  • そこで問題は、自分は今、四つの種蒔かれた土地のどの土地であるかを顧みることが大切。次に自分はどの土地になりたいか、を自分に問いかけることも大切です。それは自分がどのような信仰者になりたいのかを明らかにします。実を結ぶ土地になりたいと願うかどうかです。神さまは、私たちが実を結ぶことを願っています。
  • 僕は実を結ぶ人になりたいです。だからこのようにディボーションを行い、み言葉に親しみ、み言葉によって生きるように心がけています。
  • 一人の信仰者が実を結ぶこと、そして教会が実を結ぶ教会になること、そのために僕はこのサイトを開設しました。実を結ぶ人が一人でも誕生するようにと願っています。

(聖書に聞く)

☆神はいかなる方か
  • (御父)11節。神は種を蒔かれる方です。
☆神が求める私たちの生き方
  • (警告)12~14節。実を結ばない土地にならないこと。神の言葉を聞きっぱなしにすること、神の言葉に根ざした歩みをしないこと、罪を犯す私たちの心は、神の言葉の告げることを喜ばず、自分の思いに従ってしまうこと。これらは皆、避けなければならない。
  • (勧め)15節。立派な善い心でみ言葉を聞き、よく守り、忍耐して実を結ぶことを求めること。

(神の導き)

☆与えられた導き
  • 祈祷会で共に聖書を読んでいる人たち、僕の説教を聞く人たちが御言葉の根を張る人になるように祈る。
  • 5月27日引き続き、6月10日の説教もこの箇所で、神の言葉をテーマとする説教を行う。