詩編 90編1~12節 はかない人生
2023年2月7日
(内容)
- 人生は短く、労苦と災いに満ちている。知恵をもって生きることが勧められる。
(黙想)
- 1~2節で神への賛美と告白がなされる。神は世の初めから神であるとの賛美。そして「わたしたちの宿るところ」との告白。この詩人にとって神は宿るところであり、神の守りの中に自分が置かれていることを告白している。人生を神抜きに考えることはしない。そしてこの神は世の初めから神であられると賛美している。
- 詩人は3~6節で人生の短さ、はかなさを語る。朝に花を咲かせるが夕べにはかれてしまう植物に人生をたとえる。10~12節では、人生の短さと、人生は労苦と災いに満ちているとある。
- このような人生をどのように生きたら良いのか、知恵ある心を得ることができるようにと祈っている。「生涯の日を正しく数える」とは、いかに生きたら良いのか、知恵を得ることを意味している。
- 人生の空しさを語っているのがコヘレトの言葉である。
コヘレト 2:24
人間にとって最も良いのは、飲み食いし/自分の労苦によって魂を満足させること。しかしそれも、わたしの見たところでは/神の手からいただくもの。コヘレト 5:17
見よ、わたしの見たことはこうだ。神に与えられた短い人生の日々に、飲み食いし、太陽の下で労苦した結果のすべてに満足することこそ、幸福で良いことだ。それが人の受けるべき分だ。コヘレト 8:15
それゆえ、わたしは快楽をたたえる。太陽の下、人間にとって/飲み食いし、楽しむ以上の幸福はない。それは、太陽の下、神が彼に与える人生の/日々の労苦に添えられたものなのだ。コヘレト 9:9
太陽の下、与えられた空しい人生の日々/愛する妻と共に楽しく生きるがよい。それが、太陽の下で労苦するあなたへの/人生と労苦の報いなのだ。コヘレト 12:13
すべてに耳を傾けて得た結論。「神を畏れ、その戒めを守れ」。これこそ、人間のすべて。
- 12節には神の怒りについて書かれており、人が犯す罪に対する神の怒りを詩人は思う。人が罪を犯せば、自業自得という言葉があるようによい結果をもたらさない。人は自ら犯す罪により労苦、災いを引き寄せるし、他者の犯す罪の巻き添いを食って労苦、災いに直面する。
- 人生は短いとある。旧約時代の人々の寿命はどうであったのか。聖書に登場する王の寿命を基準に平均寿命は44歳くらいと計算した人がいる。王は庶民より恵まれた環境にある。庶民はもっと寿命は短いと言われる。これなら人生は短い、あっという間に過ぎるというのは分かる。
- 70代の後半を生き始めた自分は人生をどう感じるのか。人生を振り返れば、あっという間に過ぎ去ったという感じはある。でもまだ老いを生きることを考えると人生は短くはかないという感じは持たない。
- 救い主イエス・キリストを信じるようになり、人生のむなしさを嘆くことはなくなった。神は私たちの父なる神であり、私たちを愛しておられ、生きるとは、この神との交わりに生きることであることを知るとき、人生は空しいとは言えない。聖書を通し、祈りを通し、礼拝を通して、神との交わりに生きる。そして隣人と共に生きる。生きる意味を知る。青年は青年として、老人は老人として神との交わりに生きることが大切と知る。
(聖書に聞く)
☆神はいかなる方か
- <御父>私たちの宿るところ。
- <御父>世々とこしえに神にいます方
☆神が私たちに求める生き方
- <勧め>神との交わりに生きること。
(神の導き)
☆祈り
- 天の父なる神さま、今日も聖書を読むことができ感謝します。人生のはかなさ、むなしさを思うと、若い日に空しさからの救いを求めたことを思い出します。あなたは人を介して私を礼拝へと導き、信仰へと導き、牧師の働きへと導いてくださり、空しさから脱却し、意味ある人生を生きることができて感謝です。老いて単調な日々を過ごす今、むなしさが忍び込んでくることもありますが、生きるとはあなたとの交わりに生きることであることを思い起こし、聖書を読み、祈ることの幸いに立ち戻ることができて感謝です。
- 老いた人間の特権は、神の国への希望を確かにすることだと思います。忍び込むむなしさを払いのけ、神の国への希望を確かにする聖書のメッセージを発信していきたいです。導いてください。
- 讃美歌88番は詩編90編1節と関連があります。歌詞を英語で味わいたいと思います。
☆与えられた導き
- 聖書メッセージの発信を目標とする。
- 讃美歌88番、英語の歌詞を味わう。