マルコ福音書 4章13~20節 種は実を結ぶ

2021年10月15日

(内容)

  • イエスが種まきのたとえの説明をする。種は神の言葉であり、種が蒔かれる4つの土地は神の言葉の聞き手を意味する。

(黙想)

  • このたとえには神の言葉を蒔く人と神の言葉を聞く人が現れる。聞く人には4つのタイプがある。
  • 道端タイプ。神の言葉を聞いても全然受けとめない人である。石だらけの地タイプ。神の言葉を聞いてすぐ受け入れても根付かないため、何かあるとつまずき、結局受け入れない。茨の中タイプ。神の言葉を聞いて受け入れても、思い煩いや富への誘惑、その他、色々な欲望のために、神の言葉が実らない人。4番目の人は良い土地タイプ。聞いて受け入れ、豊かな実を結ぶ人である。
  • 豊かな実を結ぶためには、しっかりと根付き、上に覆いかぶるようなものを取り除いて花を咲かせ、実を結ぶことが必要である。
  • このたとえでは、イエスが種を蒔く人となっていると思われる。ファリサイ派や律法学者のように聞いても全く受けいれない道端タイプの人もいるし、イエスを受け入れたように見えてもピラトの前の裁判では「十字架につけろ」と叫んだ石だらけの地タイプの人もいる。
  • まず、自分自身が神の言葉が実を結ぶ人になりたい。それが神の御心である。実を結ぶためには、根をしっかり張ることと、成長を妨げるものを取り除くことが必要となる。
  • 根を張るとは御言葉に立って物事を考え生きること、神の御心に従って生きることを意味するだろう。成長を妨げ覆い被さるものを取り除くとは、罪と戦うことを意味するだろう。
  • イエスは神の言葉がそれを聞く者において実を結ぶことを約束している。それが信仰者として生きることである。そして教会は、このように実を結ぶ者たちの集いでもある。キリスト者としては、自分はどのような実を結んでいるのか、考えてもよい。

(聖書に聞く)

☆神が私たちに求める生き方
  • <約束>良い土地なら、実を結ぶ。
  • <勧め>御言葉を根付かせること
  • <勧め>罪と戦うこと
  • <勧め>神の言葉が実を結ぶように願い歩む

(神の導き)

☆祈り
  • 天の父なる神さま、種まきのたとえを自分のこれまでの生活を踏まえて、味わうことができます。長い信仰生活をしてきた者として、個人的には、それなりに実を結ぶことができたのではないかと喜び感謝します。どんな実を結んだのか、顧みたいと思いました。
  • 教会に仕える者としてはどうだったのかと思います。教会は、牧師が代わり、信仰者も少しずつ入れ替わります。そして伝道の実を結ぶことが期待されます。でも教会は植物に例えるのは無理かもしれませんね。むしろ人体に例えるのが良いかもしれません。人体は同じ人体でありながら、細胞が入れ替わり、同じ人体でありながら、違う人体です。しかしキリストの体であり、キリストの体としての成長があり、伝道の実を結びます。
  • 若い頃は説教の準備をすることで精一杯でした。やがて信仰者を育てることの大切さに気づき、そのために労することができたことは感謝です。
  • 信仰者を育てるという点で、私はどのような実をどれほど結んだのかは分かりませんが、私は実を結ぶことができたと信じ、神さまに感謝します。牧師としての私の歩みはむなしいものではなかったと信じ感謝します。
  • 今日は、信仰生活の個人的な面での実を数えてみたいと思います。

☆与えられた導き

  • 実を数える

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信仰者としての人生を歩めたことは人生最大の実
神さまが与えてくださる平安に満たされて生きることができる
生きる意味を知らされ、空しさから解放されたこと
人を愛することを教えられたこと
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